志は大きく、まなざしは優しく〜未だ見ぬ若き司法書士にささげる〜|大崎晴由|司法書士実務書|東京法経学院





【司法書士 実務書】

志は大きく、まなざしは優しく
 〜未だ見ぬ若き司法書士にささげる〜  大崎晴由

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司法書士現職が書いた
司法書士志望者のための
あるべき司法書士像を素描

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著者紹介

大崎晴由(おおさき・せいゆう)

 1939年大阪生まれ。1968年司法書士試験合格。翌年司法書士開業。愛知県司法書士会に入会して名古屋支部長,副会長を経て現在に至る。中京法律専門学校,中京大学オープンカレッジ,名城大学大学院法学研究科,名古屋市立大学人文社会学部などの講師を歴任して、現在愛知学院大学法科大学院(ロースクール)の非常勤講師を勤める。
主たる編著書に,『法務アシスト読本(第8版)』『不動産登記実務相談録』『忘れ得ぬ事件のてんまつ』『写真集・司法書士は今』『不動産登記先例要旨録』『司法書士を生きる』『新訂ケースブック根抵当権登記の実務』『不動産登記トラブルの上手な対処法』『書式 手形・小切手訴訟の実務〔全訂二版〕』『登記のための税務〔第7版〕』『日本の司法書士』『司法書士はいま!』『新・司法書士を生きる』『志は大きく、まなざしは優しく〜未だ見ぬ若き司法書士にささげる〜』など。


はしがき

青春時代の真ん中は道に迷っているばかりだった私は、将来の進路を決めかねていた。まだ、二〇歳代の昭和四〇年代のはじめのことだった。
ある日のこと。遠く離れた都会の下町で、こじんまりした親譲りの鉄工所を営んでいた実兄から久しぶりに長い手紙が届いたのである。
―――前略。故あって不渡手形を出して倒産した。土地建物に代物弁済予約をさせられていた金融機関から明渡の裁判を起こされた。弁護士に頼む費用の工面ができず立ち往生していたが、知人に紹介されて裁判所近くの女性司法書士に相談したところ、手形債務の有無に腑に落ちない点がある。代物弁済による不動産の丸取りはあこぎなやりかた。とことん闘ってみてはどうか、と薦められて、訴訟手続の事務支援を約束してもらえたので応訴することにした。
二年ほど法廷で言い争いを重ねた後、裁判所から和解を勧められ、未払債務は大幅にカットされ、立退きは免れて、路頭に迷うことなくすんだ――
行間に兄の悔しさがにじんでいる内容だが、倒産に追い込まれた兄の苦境を助ける知恵も資力も持ち合せのない私は、その司法書士が、あたかも女神のようにまぶしく感じられ、本人訴訟支援の意気込みと自負心をかいまみた思いがした。
兄は、私に言外に次のことを言い聞かせたかったのかもしれない。
「もし、お前がこれから先の進路として、法律分野で生きるつもりがあるなら、ぜひ司法書士になって、世のため人のため、とりわけ法律的にも経済的にも弱い立場の人の困りごとの手助けができる正義にかなう仕事を志してはどうか」との示唆は、職業選択に迷っていた私には、とても痛く身にしみた。
司法書士という名の資格職業に関して知識のない私ではあったが、その司法書士が、兄の裁判事件で果たされた役割の大きさに驚き、さっそく駅前の大きな書店に赴いた。
見回したところ、「司法書士」というタイトルの一冊の本が目に止まった。編著者は「司法書士試験指導会」(東京法経学院の前身)であったが、立ち読み程度では、内容が難しくて手に負えなかった。そこで同指導会の通信教育生になることを志願した。
同指導会の主任講師格の松浦勝久先生から、毎週送り返されてくる添削レポートには「初学者にしては動機がはっきりしている」「採点結果は先週が15点、今週は24点だが、わが指導会で40点とれば本試験では合格は間違いない」等々の督励コメントをもらい、学び続けてきたことが実を結んだのか、二度目の挑戦で合格することができた。まさに指導会は私の母校であり、松浦先生は恩師である。
閑話休題。
東京五輪や東海道新幹線開通で社会全体が高揚ムードにわいていた一九六四年(昭和三九年)のこと、政府の「第一次臨時行政調査会」は、司法書士を名指して「あってもなくてもよいBランクの資格である」(ちなみに弁護士はAランク)と決めつけ、制度の廃止を答申していたのである。
そうとは知らずに、司法書士資格を得て「さあ、がんばろう」と決意を新たにした矢先の気が滅入る情報だった。制度存廃の雲行き次第では、壮年時代の真ん中でまたまた道に迷うことになるかもしれない。歩き出したとたんに大地震に見舞われたようなショックを受けた私は途方に暮れた。
そんな私に向かって「悲観したり絶望するのはまだ早い。廃止されないようにスクラムを組んで制度改革のため力を合せて進もうではないか。」と背中を押してくれたのは先輩の畑林貞信さんだった。
気を取り直した私は、意気軒昂(いきけんこう)な多くの先輩らに引率されて「制度の未来を担うのは我々だ」と青年司法書士の大同団結を呼びかける組織化運動に参加した。
その汗みどろの奔走が少しは役立ったか、ついに行政府と立法府を動かして、一九七八年(昭和五三年)六月に、それまでは定めがなかった司法書士法に、何のためにこの制度があるかの目的を明文化し、司法書士たる者の職責をうたった画期的な法改正が成ったのである。
その改正から幾星霜を経たいま、制度自体のめざましい拡充ぶりには目を見張るものがある。
後進世代のスタンスが、組織上は、法律実務家としての前衛志向、地位職域の上昇・拡大志向に萌えるのはよいが、個々人的には、身の丈以上の職業アイデンティティ論に閉塞感がちらついていないか。専門家としてのバイタリティ発揮に少々息切れや拡散現象がみられないか。そんな不安は私の杞憂ではあれば幸いである。
半世紀ちかくも、この仕事ひと筋に生きてきた私には、大志のわりには、なぜか彼らに脚下照顧(きゃっかしょうこ)、知足安分(ちそくやすぶん)をわきまえた優しいまなざしがはっきり見えない。
そんな視線のもとで、制度の未来にかける希い、日々の職業生活上のしくじりや悩み、人々とのめぐり会いによる喜怒哀楽、忘れられない想い出など四方山話風のエッセイを不動産法律セミナー誌に七年にわたって連載させていただいた。
その「執務現場からの独言(ひとりごと)〜春夏秋冬/卓上日記」を単行本にして、一人でも多くの若い世代の自画像づくりのメッセージとして贈りたいがどうか、と心ときめくワクワク提言を東京法経学院立石寿純社長、渡邉郁夫統括本部長からいただけたことは感激のきわみである。
同学院名古屋校の編集担当の奥村佳子さんには、素敵なキャッチコピーと超スピードの校閲作業と的確なアドバイスのおかげで本書が上梓できた。同学院関係各位に心より感謝したい。
最後に、病み上がりの身で、つい弱気になりがちな私を常に励まし、勇気づけ、気力胆力を授けるとともに、つたないエッセイ集のセレクト・サジェストを寄せてくれた畏友山田三郎氏、そして人間ドラマの観点から考察し、助言してくれたロースクール生松見秀幸君と安達友紀恵さん、宅地建物取引士の白井香織さん、後輩の大原裕君にお礼を申し上げる。

   二〇一五年初秋

大崎晴由